サルデーニャの夕べ @青山・アクアパッツァ by サルデーニャ州&イタリア大使館貿易促進部(ICE)
- FUSAKO SAKURAI

- 2 日前
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2026年3月12日(木)、東京・青山のレストラン〈アクアパッツァ〉にて、イタリア大使館貿易促進部(ICE)による『サルデーニャの夕べ』晩餐会が開催された。
これは、FOODEX JAPAN 2026に関連する催し。サルデーニャ州のワインメーカー、食品メーカーなどが共同出展したことに合わせて、サルデーニャ州のガイア・デ・ドナート氏が、代表して挨拶のあと乾杯の音頭をとった。ワインはセミダーノ種の白、『セミダ』"SEMIDA" Sardegna Seminado DOC。爽やかで活き活きとした酸が食欲をかき立て、このあとの食事への期待が高まる。



ガイア氏は、サルデーニャ特別自治州のEmanuele Caniエマヌエレ・カーニ産業担当評議員の名代として来日。イタリアの多くの州がそうであるように、サルデーニャ特別自治州でも、若手女性官僚(上級職)が第一線で活躍している。日本も徐々に変わり始めたが、イタリアはその一歩も二歩も先をいく。それがちょっと、まぶしく感じられた。
ガイア氏のスピーチのなかで、特に筆者にとって印象的なエピソードのひとつに、今年2026年は、サルデーニャ州の作家 グラツィア・デレッダ(Grazia Deledda, 1871-1936)がノーベル文学賞を1926年に受賞してから、ちょうど100年目を迎える。これはサルデーニャ人にとって意義深い節目の年。
グラツィア・デレッダはヌオロ出身の小説家、詩人。『サルデーニャの花(1892)』『エリアス・ポルトル Elias Portolú (1903)』など、人間と自然との調和をテーマに、数多くの作品を書いた。日本でも作品のいくつかは翻訳出版されている。その作品の世界観が、サルデーニャの自然、人間、そして伝統の深さを知るうえで、象徴的だ。
ヌオロの小学校で初めてイタリア語を習ったデレッダが、イタリアを代表する世界的な作家となり、100年前にノーベル文学賞を受賞したことを、郷土の誇りに思っていることが強く伝わった。

また、ガイア氏は「日本とサルデーニャ州の共通点に、ブルーゾーン(長寿)、家族で食卓を囲む文化」があるという。
サルデーニャを理解するキーワードは、〈伝統〉と〈革新〉そして〈持続可能性〉であり、サルデーニャ州の食は、アンバサダーとして、これらの価値を体現している。
サルデーニャ州がFOODEXに参加するのは今回が3回目。日本は戦略的に重要な市場だ。

また、主催者ICEのブルーノ部長によれば、日本市場の消費者は、非常に洗練されており、厳しい選択眼がある。そのなかで選ばれるためには、継続的な取り組みが重要との事。
筆者は、このディナーで提供されたサルデーニャのワインそして食品は、その味わいのデリケートさ、繊細さにおいて、世界的なレベルで通用するとともに、日本人の舌をも十分にうならせる内容と感じた。

サルデーニャのパンの象徴、パーネ・カラザウ。焦げ目がついているほうは少し塩気があり、ついていないほうはプレーンなもの。羊飼いが、羊を連れて何日も移動する間に食べることから生まれた、薄く軽い食事のパン。







セアダスの中には、14か月熟成のペコリーノ・チーズが入っている。通常はもっと若いソフトなチーズを使うことが多いが、ハードなチーズを上手にセアダスに仕上げていると、350人の組合からなるチーズ会社ライト・ラッテリア・イッティリLait Latteria Ittiriの社長はシェフの腕前にしきりと感心していた。
また、金柑はサルデーニャの人には珍しいとみえて、一同その香りと酸味のアクセントを楽しんだ。日本の冬から春にかけての味覚だ説明すると喜んでくれた。
以下、フォトギャラリーと簡単なメモとともに、会場の雰囲気をお伝えする。
チェルキ Cherchi (Alghero) は1995年にロザリア・チェルキが開いたパン工房。家族経営の会社で、過去20年間にIFS食品認証を取得。
プレミオ・パニフィーチョ・パーネ・カラサトゥ・ブッローニ社Il Premiato Panificio Pane Carasatu Giulio Bulloni(Bitti)は、1970年創業の家族経営のベーカリー。
おなじパーネ・カラザウに見えるが、呼び名もカラサトゥと微妙に異なる。
サルデーニャには少なくとも大きく分けて4つの方言がある。(隣に座っていたゲストによれば、ビザンツ帝国の植民地時代4つの地域に分割統治されていたため)
ブルー・マリーン社 BLUE MARLIN のからすみ、ウニの瓶詰、イカ墨のソースはいずれも高品質で、日本のものと変わらない繊細な味わいと食感を持つ。添加物や保存料など使用しない。体に優しいマイルドな塩気と、自然な味わいが保たれていた。
イタリア語でボラのことをムジナと呼ぶ。ムジナのボッタルガ(からすみ)はオリスターノの白ワインに合わせると最高だ・・・ということをふと思い出した。
カルロフォルテ・トンナーレ社 Carloforte Tonnare (SU)は、1654年創業の4世紀以上の歴史を持つツナ缶メーカーだ。原料のマグロはすべて近くのサン・ピエトロ島の海で、小さな船で、地元の漁師が手でつり上げたものだけを使い、20分以内に海から工場に水揚げし、すぐに加工することで新鮮さをキープ。冷凍品は一切使わない強いこだわり。脂身の少ない部位から、大トロ、中トロまでさまざまな部位の缶詰がある。(なんと贅沢な缶詰か!)
筆者はかつて、シチリアのファビニャーナ島のマルサラ酒で知られるフローリオ家所有の古いトンナーラ工場跡(現在は博物館)を見学したことがある。それを伝えたところ、「ファビニャーナ島のは、終わっちゃったんだ。何もなかったでしょ。いま、現役のトンナーラはみなサルデーニャだよ。」と、 アンドレア・グレコAndrea Greco氏はからりと笑った。
なぜ、トンナーラの伝統がサルデーニャに生まれたのか。それはイタリア半島のジェノヴァ人が交易するための商材として生まれたのだという。保存が効くツナは、金融都市ジェノヴァの貨幣と交換できる貴重な食べ物だった。当時のサルデーニャ人は、ツナを食べる習慣はあまりなかったらしい。大昔には、鯨の油も扱っていた時代もあったという。
このあたりにサルデーニャの歴史の複雑さと、海の美しさと自然の豊かさ、そして一筋縄にはいかない何かを感じる。
サルディニア・テロワール Rete Agricola Sardinia Terroirは、サルデーニャ島の9つの小規模ワイナリーのグループ。遠く離れていても、同じコンセプトでつながっている。既存の原産地呼称などとは異なる点で、若い独立した生産者たちの新しい動きを面白く感じた。
ス・エントゥ Cantine Su 'Entu は、かつてスペインのアラゴン王国の支配を受けた地域、マーミラのワイン生産者。サルデーニャ島のほぼ中央に位置するマーミラは古代遺跡もあり、ローマ時代には穀倉地帯になっていた。醸造所のあるサンルリSanluriという地名も、「小麦があるところ Logu de Lori」という言葉に由来。
テヌーテ・ソレッタ Tenute Solettaは、北部サッサリのコドロンジャヌスCodrongianosに位置する生産者。オーナーのウンベルト・ソレッタ氏はとにかくにぎやかに情熱的にしゃべる人で、物静かな印象のサルデーニャ人には珍しい個性の持ち主。
その父上は今年なんと105歳で、老人ホームに入居しているが、いまだに自分たちの家のワインを飲んでいて、元気そのものだというから驚き。(そしてワインが切れそうになると、次に来るときに持ってきてとお願いされる)調べたところ、ワインの抗酸化成分が豊富なのが長生きの秘訣らしい。長寿のブルー・ゾーンを地で行く話に、思わず引き込まれた。
ライト・ラッテリア・イッティリ協同組合 Lait Latteria Ittiriは、350の組合員(羊飼い)の人々が出資してつくった、チーズ会社。原料となる羊の乳は、伝統的な移牧(トランズマンツァ)による自然なものが主であるが、チーズ工場は現代的な最新の設備で国際的な食品安全性のBRCGS認証やIFS (International Food Standard)認証を取得している。
伝統と革新というのは簡単だが、基本的には独立している羊飼いのひとびとがどうやって共同出資し、組合をつくることになったのか、興味深い。
チーズそのものは優しい味わい。大きくラインアップにはペコリーノ・ロマーノDOPとペコリーノ・サルド・マトゥーロDOPがある。デザートのセアダス(セアーダ)に用いられた14か月熟成のペコリーノは、濃厚な味わい。通常、セアダスには若くフレッシュなチーズを用いることが多いが、シェフの技術が卓越していると社長のジュゼッペ氏は感心していた。
最後に、このような機会にお招きくださったイタリア大使館貿易促進部(ICE)の皆様、サルデーニャ特別自治州の皆様、アクアパッツァの日高良実シェフとスタッフの方々に御礼申し上げます。
Photo 写真ギャラリー


















































































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