2024年6月24日(月)代々木 服部栄養専門学校アネックスにて、イタリア大使館貿易促進部主催のイタリアチーズ料理講習会『FORMAGGI D’ITALIA』が開催された。
冒頭、ジャンルイジ・ベネデッティ駐日イタリア大使の開会の挨拶において、イタリアのチーズの品質の高さ、また種類の豊富さはEUの原産地呼称のなかでも群を抜くが、まだそのすべてが知られているわけではなく、プロフェッショナルによって、これからも紹介され続けていくことが期待される。 さらに、イタリア料理がユネスコ世界無形文化遺産に名乗りを挙げているいま、イタリアの食の熱心な理解者が多い日本において、イタリアのチーズが紹介されることはますます重要である、という主旨だった。
ジャンルイジ・ベネデッティ駐日イタリア大使 (Amb. Gianluigi Benedetti)
そのあと、この日は二部構成で、前半はチーズプロフェッショナル協会名誉会長の本間るみ子氏による、自身の経験に照らし合わせて、日本におけるイタリア料理とチーズの輸入の歴史の振り返りに始まり、原産地呼称制度の説明、性質の異なる4つのタイプのチーズ、モッツァレラ、マスカルポーネ、ゴルゴンゾーラ、グラナパダーノの解説があった。
そして後半は、文京区千石のリストランテ・ヴォ―ロ・コズィの西口大輔シェフによる上記4種類のチーズを使ったリストランテのレシピの実演、解説。品数はなんと12種類。それを1時間半強の時間で見せながら説明するのだから、まさに神業だった。
前半の本間るみ子氏の説明によれば、1973年の変動為替相場制の導入と、78年の成田空港国際線ターミナルの開業など、日本に外国のチーズが輸入されるための必須要件が整ったことに加え、一番の変化は、80年代に日本人の洋食に対する考え方が変化したことが大きいという。
従来の西洋料理=フランス料理だったのが、イタリア料理が登場したことによって、心地よく、家族みんなで食べることができる、という価値の転換が起きた。しかし、戦後から70年代までのイタリア料理とは、アメリカ経由で入ってきたピザ(※ピッツァではない)であり、「溶ける」チーズならなんでも良いというレベルだったため、当時輸入されていたチーズの大半はデンマークなどの北欧産だった。
その後の80年代から90年代のイタ飯ブームの時に、本物のイタリアチーズにスポットライトがあたった。その起爆剤となったのがマスカルポーネとゴルゴンゾーラだ。マスカルポーネを使ったデザート(ドルチェ)のティラミスの大流行は私も子供の頃の記憶にある。ゴルゴンゾーラのパスタやリゾットが、日本人の青かびチーズへの障壁を取り去った、という知見はなるほどと思った。英国のスティルトンチーズ、フランスのロックフォールとも、それ単体で食べる日本人は少数だったが、イタリア料理というツールが、青かびチーズを親しみやすいものにした。
後半、西口大輔シェフによる実演メニュー(全12品)は以下の通り。コンポズィツィオーネとはコンポジション(組み合わせ)のこと。チーズを使った、食前酒の軽いつまみの集まり。
1)Composizione di GRANA PADANO グラーナ・パダーノチーズのコンポズィツィオーネ
Tegola di Grana Padano グラーナ・パダーノチーズのテーゴラ
Biscottini di Grana Padano グラーナ・パダーノのビスコッティーニ
Baci di dama al Grana Padano con Crema di tartufo nero グラーナ・パダーノチーズのバーチ・ディ・ダ―マ トリュフ風味
Mousse di Grana Padano グラーナ・パダーノチーズのムース
Grissini di Grana Padano グラーナ・パダーノチーズのグリッシーニ
Pizzette di Grana Padano グラナ・パダーノチーズのミニピッツァ
Palline di Grana Padano soffiato グラーナ・パダーノチーズのソッフィアート
2)Fagottini di dentice e Mozzarella con gelatina di pomodoro
天然真鯛とモッツァレラチーズのファゴッティーニ
3)Mousse di Gorgonzola con croccante di nocciole e brioche
ゴルゴンゾーラチーズのムース ヘーゼルナッツのクロッカンテとブリオッシュ添え
4)Rotolo di pasta fresca con Mascarpone e radicchio rosso
マスカルポーネチーズのロートロ
5) (メニュー外)Penne al Mascarpone e ragu di carne
ペンネ(ミートソースとマスカルポーネであえたもの)
6) Gelato al Mascarpone マスカルポーネチーズのジェラート
以上12品のなかでも、西口シェフが一番みなさんに実践してほしいのが、Biscottini di Grana Padano グラーナ・パダーノのビスコッティ―二だという。たしかにグラナパダーノを練りこんだビスケット生地で、そのまま生ハムなどのサラミ類の前菜に添えても喜ばれ、余った生地は型に入れて、キッシュの台のように使うと「トルタ・サラータ」にもなる、変幻自在なレシピだという。限られた条件で無駄なく飽きさせない工夫が、イタリアらしいレシピだなと感じた。
ふたりのアシスタントの動きもきびきびとし、さらに約150名超の出席者の試食を滞りなく用意された、服部栄養専門学校のサポート力もさすがだが、バックヤードは文字通り戦場だったらしい。とまれ、たった1時間半の間にこれだけの内容を体験できる充実したプログラムだった。
西口シェフの『リストランテ・ヴォ―ロ・コズィ』は、文京区の閑静な住宅街にあるエレガントなリストランテ。かつてそこから徒歩15分のところに5年ほど住んでいたこともあり、海外からの重要なクライアントが来たときに安心してご案内できる店、自分自身のちょっと特別な日に行きたい店として、ずっと上位を占めている。
季節折々の味覚を最高のかたちで味わうため何度かお邪魔した。冬ならばチコリ(赤い小さな冬の野菜でトレヴィ―ゾの名産品)のコース、秋ならばポルチーニ茸のコースなど、どれも素材を活かした料理で、上品で味わい深い。
西口シェフの「魚の前菜」はシグニチャーと言えるほど有名だが(私はヴェネツィア風のタコのソプレッサータやマリネされた青魚のサルデ・イン・サオールが好きだ)、この日も真鯛とモッツァレラを使ったレシピは「ヴォ―ロ・コズィらしさ」がうまく表現されていた。「日本は魚が美味しいので」と西口シェフ。モッツァレラを一晩水切りしたり、どのタイミングで塩を振れば食材から水気が出ないか細部に気を配る。リストランテの料理は提供のタイミングから逆算して、緻密な計算のもとに構成されているのが良くわかった。
だが、今日のメイン素材はすべてチーズなので、それをどのように紹介するのか?西口シェフ曰く、『すでに完成している食品としてのチーズを、レシピのメインに据えることは実はとても難しい』という。そのまま食べても十分に美味しいからだ。
12品のレシピは、いずれもチーズの特性を理解した上で、サブの食材としての魚や野菜やパスタ生地を使って、チーズの特徴を高める工夫が随所に感じられた。西口シェフは北で修行されたのでグラナ・パダーノをメインに使っていたが、パルミジャーノ・レッジャーノに置き換え可能なレシピもかなりあるように思われた(もちろん、熟成は24カ月以下のものが使いやすそうだが)主張しすぎないグラナ・パダーノのほうが使い勝手が良いのはわかる。
最初この企画を知った時、正直なところ「いまさらチーズ?」と思ったが、良い意味で予想は大きく覆された。そしてイタリアのチーズ(フォルマッジ)のふところの大きさ、料理の幅を広げてくれる可能性を秘めた食材であることへの認識が深まった。またすぐに実践できることも多いので、さっそく今日からできることやってみたい。
【勝手にアッビナメントしてみた】Facciamo i abbinamenti con i vini Italiani.
イタリアワイン専門のソムリエ櫻井が、もしワインを合わせるなら・・・勝手にアッビナメントを考えてみた。(参加者から「ワインがあったら最高なのに・・・」という声が漏れ聞こえてきたので)各メニューのあとに、原産地呼称、ブドウ品種、地域、ソムリエのコメントを記載しているのでご参考まで。
先ほどの、西口シェフによる実演メニュー(全12品)を振り返ってみよう。
1)Composizione di GRANA PADANO グラーナ・パダーノチーズのコンポズィツィオーネ
Tegola di Grana Padano グラーナ・パダーノチーズのテーゴラ
Biscottini di Grana Padano グラーナ・パダーノのビスコッティ―二
Baci di dama al Grana Padano con Crema di tartufo nero グラーナ・パダーノチーズのバーチ・ディ・ダ―マ トリュフ風味
Mousse di Grana Padano グラーナ・パダーノチーズのムース
Grissini di Grana Padano グラーナ・パダーノチーズのグリッシーニ
Pizzette di Grana Padano グラナ・パダーノチーズのミニピッツァ
Palline di Grana Padano soffiato グラーナ・パダーノチーズのソッフィアート
1)’ のアッビナメントの例
TRENTO DOC Blanc de Blanc, Dossagio Zero (Trentino Alto Adige)
トレントDOC 瓶内二次発酵のスパークリングワイン、補糖ゼロの辛口
品種:白ブドウ(シャルドネ)100%
地域:トレンティーノ・アルトアディジェ特別自治州
ソムリエ櫻井コメント:
このなかで中心的な役割を占めるグラーナ・パダーノと小麦粉のもさもさした食感の口中をスッキリ洗い流してくれる辛口のスパークリングワインが、暑く湿度の多い日本の夏のアペリティーボにぴったり。
ブドウ由来の糖分を含んだ「門出のリキュール」を加えないドッサージョ・ゼロのクリアな味わいを合わせたい。同じイタリアの瓶内二次発酵のフランチャコルタや、シャルマ方式のフルーティーでフローラルなプロセッコも、もちろん合わせられるが、トレントDOCはよりシャープな酸で食欲が増進し、辛口で口中にワインの甘みがのこらず、そのあとの食事にスムースに移行できるだろう。
2)Fagottini di dentice e Mozzarella con gelatina di pomodoro 天然真鯛とモッツァレラチーズのファゴッティーニ
2)’ のアッビナメント例
Colli Orientali del Friuli DOC, Vino bianco di FRIULANO 100% (FVG)
コッリ・オリエンタ―リ・デル・フリウリDOC
品種:フリウラーノ100%
地域:フリウリ・ヴェネツィア・ジュ―リア州
ソムリエ櫻井コメント:白い花や果実の香りが優美なフリウラーノは、鯛とモッツァレラの繊細な味わいを引き立てるとともに、酸とミネラルが口中をさっぱりさせてくれるし、食欲が進むだろう。
3)Mousse di Gorgonzola con croccante di nocciole e brioche ゴルゴンゾーラチーズのムース ヘーゼルナッツのクロッカンテとブリオッシュ添え
3)’ のアッビナメントの例
Valtellina Superiore DOCG “Sasserra” (Lombardia)
ヴァルテッリーナ・スーペリオレDOCG サッセッラ
品種:ネッビオーロ主体
地域:ロンバルディア州
ソムリエ櫻井コメント:ゴルゴンゾーラのムースの塩気と香りには、定番の甘口ワインではなく、あえて同じロンバルディア地方でつくられるネッビオーロ種のシャープなタンニンの赤を合わせてみたい。バラの花のような香りがこの塩系ドルチェを引き立て、またクロッカンテなノッチョーラ(ヘーゼルナッツ)との相性も良い。より高貴で峻厳なサッセッラ地区のものであれば言うことなしだろう。
4)Rotolo di pasta fresca con Mascarpone e radicchio rossoマスカルポーネチーズのロートロ
4)’ のアッビナメントの例
EMILIA IGT (Vino bianco macerato, con anfore)
ブドウ品種:トレッビアーノ種
地域:エミリアロマーニャ州
ソムリエ櫻井コメント:マスカルポーネの繊細でもったりとした味わいと、柔らかく火を通したチコリやちりめんキャベツなどの野菜とパスタ生地の優美な一皿には、エミリア・ロマーニャ州のトレッビアーノ種を使ったヴィーノ・ビアンコ・マチェラート(いわゆるオレンジワイン)を合わせてみたい。もちろんニュートラルな味わいの料理なので、白も赤もロゼも悪くないはずだが、白ブドウの酸とミネラル、マチェラートで生まれるより複雑な芳香と穏やかなタンニンが、マスカルポーネの柔らかい味わいと野菜の甘みと、それを包む、たっぷり卵を練りこんだパスタに相乗効果を与えるだろう。
5) (メニュー外)ペンネ(ミートソースとマスカルポーネであえたもの)
5)’ のアッビナメントの例
サンジョベーゼ・ディ・ロマーニャ・リゼルヴァ DOC
ブドウ品種:サンジョベーゼ
地域:エミリアロマーニャ州 ベルティノーロ
を合わせたい。
ソムリエ櫻井コメント:これは家でもすぐにできそうな簡単かつ濃厚さをたのしむレシピ。スミレやドライフラワー、赤から黒い果実の香りが喜ばしいサンジョベーゼ・ディ・ロマーニャを合わせてみたい。適度な酸とタンニンのバランスが良く、ワインが主張しすぎず、マスカルポーネのもったりとした感じとラグー(ミートソース)の濃厚さを、より生き生きと軽やかにしてくれるだろう。
6) Gelato al Mascarpone マスカルポーネチーズのジェラート
6)’ のアッビナメントの例
Passito di Pantelleria DOC パッシート・ディ・パンテッレリアDOC
ブドウ品種:ジビッボ
シチリア特別自治州
ソムリエ櫻井コメント:濃厚なマスカルポーネのジェラートのアクセントにキャラメルソースがかかっており、シンプルながらとても味わい深い。西口シェフはマスカルポーネと生クリームを泡だて器とボウルだけでできる簡単なデザートというが、甘さは控えめでかすかに塩味を感じる。この端正だが、少し「chiuso(閉じた)」印象をあたえるドルチェには、パンテッレリア島の太陽を閉じ込めたようなスケールの大きいドルチェのワインを合わせてみたい。ジビッボ(マスカット)の香り、酸、ミネラルが凝縮した日干し(アパッシメントされた)ブドウを搾汁して醸したワインは、より深く、複雑で、余韻が長く、マスカルポーネのデリケートだが、またちがう側面をみせてくれるだろう。
(完)
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